新潟県糸魚川市は、日本で初めて翡翠の産出が確認された地であり、世界でも数少ない翡翠産地の一つです。
糸魚川では海岸で見つけた翡翠を持ち帰ることができますが、その背景には翡翠を未来へつなぐための理由がありました。
今回は、「フォッサマグナミュージアム」で糸魚川の鉱物や岩石を研究する小河原孝彦(おがわら たかひこ)学芸員に、糸魚川翡翠の魅力と、知られざる糸魚川翡翠の特性について教えていただきました。
研究者たちを魅了し続ける「糸魚川翡翠」

学生時代、新潟大学大学院で地質学を学び、糸魚川翡翠の研究を続けてきた小河原さん。
数ある鉱物の中でも翡翠に惹かれた理由は、「地球と人の歴史」が一つの石に詰まっているからでした。
「科学から見ても面白く、歴史から見ても面白い。その両方を持っているのが翡翠です。
勾玉として展示するだけでなく、現代人にも身につけてもらいたい。使われることで、翡翠の文化は次の世代へ受け継がれていきます」
「暮らしのなかで愛される宝石であってほしい」。その想いも、小河原さんが翡翠の魅力を伝え続ける理由の一つです。
世界に誇る、糸魚川翡翠の価値

宝石としての透明感や鮮やかな緑色という点では、ミャンマー産の翡翠が高く評価されることもあります。しかし、小河原さんは「糸魚川翡翠の価値は、宝石としての美しさだけではない」と言います。
「日本列島の成り立ちを物語る地質学的な価値があり、さらに縄文時代から装飾品として利用されてきた歴史も残っています。
地球の歴史と、人々が受け継いできた文化。その両方の価値を持つことが糸魚川翡翠の魅力です。
目の前にある一つの石が、およそ5億年前に生まれたものだと考えると、とてもロマンがあります」
糸魚川翡翠は、5億年以上前に誕生したとされる鉱物です。地殻変動によって地表近くまで押し上げられ、現在もその姿を見ることができます。
では、なぜ山奥にある翡翠を海岸でも見つけることができるのでしょうか。

海岸に流れ着く翡翠のルーツは、糸魚川の山奥にあります。小滝川ヒスイ峡や青海川ヒスイ峡には、巨大な翡翠の原石が存在し、国の天然記念物として保護されています。
長い年月をかけて、山にある翡翠は川の流れによって少しずつ砕かれ、下流へ運ばれます。そして海へ流れ出た石は、波によって糸魚川の海岸へ運ばれるのです。
つまり、海岸に広がる一つ一つの石は、はるか上流の山々から運ばれてきた「地球の記憶」ともいえます。
翡翠を未来へつなぐため、私たちにできること

「石のまち」糸魚川市には、石拾いを楽しめるスポットがたくさんあります。とはいえ、なぜ価値ある翡翠まで見つけたら持ち帰っていいのか、疑問に思う人もいるでしょう。
「海岸で翡翠を取り続けたら、翡翠はいつかなくなってしまうのでは?」
そう尋ねると、小河原さんは意外な答えを返してくれました。
「ぜひ拾ってください。小さな翡翠は、そのままにしておくと波で砕けて消滅してしまいます。糸魚川で翡翠を拾うことは、資源を守ることにもつながるのです。
糸魚川は日本で初めて世界ジオパークに認定された地域の一つ。ぜひ、大地の歴史にも想いを馳せながら、いろいろな石を見て楽しんでください」
その一言には、石を通して地球の歴史に触れてほしいという、小河原さんの願いが込められていました。
海岸に転がる一つ一つの石には、それぞれ長い物語があります。
石を知ることは、大地を知ること。
糸魚川翡翠は、これからも多くの人に愛されながら、次の世代へ受け継いでいきたい地域の宝です。
いよいよ、次回で「地域の宝|糸魚川翡翠」の連載はラストを迎えます。
糸魚川を巡る取材を通して出合った、翡翠の楽しみ方の総集編。お楽しみに!
世界中にファンがいる、国石であり県の石【糸魚川翡翠 vol.1】は、こちら
糸魚川翡翠がつなぐ、大地と人の物語【糸魚川翡翠 vol.2】は、こちら
奴奈川姫を探して、古代の記憶が残る糸魚川へ【糸魚川翡翠 vol.3】は、こちら