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糸魚川翡翠がつなぐ、大地と人の物語【糸魚川翡翠 vol.2】

糸魚川翡翠がつなぐ、大地と人の物語【糸魚川翡翠 vol.2】

宮島宏さんが語る「糸魚川翡翠」

糸魚川翡翠を深く知るなかで、お会いしたいと強く感じた方がいらっしゃいました。

糸魚川翡翠研究を長年けん引し、フォッサマグナミュージアムの館長も務めた宮島宏さんです。ご縁がつながり、貴重なお話を伺うことができました。

東京都で育ち、幼い頃から化石や鉱物に親しんだ宮島さんは、地質学を学んだ後、出身大学の教授からの紹介で1991年に糸魚川市教育委員会へ転職。フォッサマグナミュージアムの開館準備に携わりました。地元の焼山火山の研究よりも、地域を代表する石・翡翠に強い関心を抱き、以来30年近くにわたり糸魚川の大地と翡翠の魅力を発信してきました。

宮島さんが糸魚川に惹かれた理由の一つが、世界的にも特異な地質環境です。

日本列島の成り立ちを語る「フォッサマグナ」

糸魚川翡翠の産地「小滝川ヒスイ峡」。

約5億年以上前、地球上では日本列島はまだ大陸の一部でした。その後、プレートの動きと長い地殻変動によって海が広がり、現在の島国の姿が形づくられていきます。

糸魚川は、本州中央部を南北に走る巨大な地質構造帯「フォッサマグナ」の西端に位置し、日本列島誕生の痕跡が今も地層として残る場所です。

大地の記憶を今に伝える土地として、地球の長い歴史を紐解く重要なフィールドとなっています。

プレートの沈み込みや火山活動など、地球のダイナミックな営みが重なり合うことで、多様な岩石や鉱物が生まれました。その象徴ともいえる存在が「糸魚川翡翠」です。

翡翠は地下深くの特殊な環境で形成される鉱物ですが、それが地表近くまで運ばれ、海岸や河川で見つかる地域は世界的にも非常に珍しいとされています。

「糸魚川の大地そのものが“地球の教科書”と言える」

宮島さんのこの言葉が、何よりも印象的でした。

ジオパークが守る「持続可能な宝物」

鉄やチタン、クロム、炭素などの含有量によって色が変わる翡翠。

1991年、宮島さんは糸魚川の地質見学地を「ジオパーク」と名付けました。ジオパークとは、地球の遺産を守りながら、その土地の地質や景観を教育や観光に生かす取り組みのことです。

当時はまだ世界的な制度ではありませんでしたが、その考え方は後に世界へ広がり、2009年には糸魚川が日本で初めて世界ジオパークに認定されました。

糸魚川翡翠は、その成り立ちを知るほどに興味深い石であると同時に、淡い緑から濃い緑、白や黒、ラベンダーや青など、多彩な色合いを持つ美しさも大きな魅力です。

数億年にわたる地球の営みが生んだその色彩は、石に刻まれた歴史そのもの。ジオパークが守ろうとしているのは、鉱物だけでなく、地球の物語と人と自然のつながりなのです。

7000年の歴史を、次の世代へ

フォッサマグナミュージアムであえてガラスケースに入れずに展示されている「翠の雫」。

約7000年前、糸魚川翡翠は世界で初めて人々に利用されたとされています。その長い歴史を持つ宝物は、今も海岸や河川で見つけることができ、翡翠との出合いは多くの人を魅了しています。

最後に、宮島さんに「今まで見た中で最も印象深い翡翠」について尋ねました。

宮島さんが挙げたのは、フォッサマグナミュージアムに展示されている「翠の雫」。2003年に小滝川で発見された、重さ約150kg、透明感のある淡緑色の巨石です。

翡翠愛好家によって発見され、その価値を守るため同館が保護・搬出した貴重な原石でもあります。

「翡翠は国石であり、新潟県の石でもあります。まずはその価値を知り、採集だけでなく歴史や地質も含めて『翡翠学』を楽しんでください。翡翠を探す楽しさの先にある、地球の歴史や糸魚川の物語にも目を向けていただけたらうれしいですね」

糸魚川翡翠には、数億年の大地の物語と7000年にわたる人々の歴史が息づいています。人と大地を結び続けてきたこの石は、未来へ受け継いでいきたい地域の宝物です。

次回「地域の宝|糸魚川翡翠vol.3」では、糸魚川で語り継がれる奴奈川姫(ぬなかわひめ)の物語についてご紹介します。お楽しみに!

世界中にファンがいる、国石であり県の石【地域の宝】糸魚川翡翠 vol.1は、こちら

Supported by
糸魚川市、フォッサマグナミュージアム
Text
Haruka Matsunaga